「何かを変えたいと思った時、自分の事を守ろうなんて
思っちゃいけないんだな。
人の命を犠牲にするなら、自分の命と引きかえにするくらいの
覚悟が必要なんだな。」
2006年4月29日の日記で確かに私はそう書いた。
冤罪事件で林はビトの人生(の一部)を奪った。
林を撃ってしまった時だって、甲斐を殺して来いと
命令されましたよね。
あの時、結局ビトは殺人をしてしまう運命だった。
だとしたら・・・甲斐を殺すより林を殺す方を選びますよね。
正当防衛(引用面倒なんで調べてください)で
いけるんじゃんじゃないかって考えましたけど、
それって、客観的な思いなんですよね・・・。
人を殺してしまったという事実。
ビトの苦悩がとても良く描かれていて胸が痛くて仕方がない。
あの状況じゃ、殺しちゃっても仕方ないよーとか
あんなヤツ生きてる価値ないね、死んじゃって当然だよとか
確かにね、ビトを良く知っている人は彼は悪くないんだって
極刑なんて重過ぎるって訴えるのは当然のことだと思う。
だけど、はなちゃんを守るためとはいえ
人の命を奪っておいて、自分だけのうのうと幸せに
生きるなんて、ビトにはできないんだ。
極刑を受け入れたビトを見て、もの凄く納得してしまった
自分がいた。
当事者だったら・・・平気でいられるわけないんだ。
まわりの皆にあれは仕方なかったんだよ、
なんてかばわれて、本人が正当防衛を主張なんかしたら
それはそれでおかしいかも・・・。
林の母親の話を聞いて自分と同じ境遇だと
知って、罪悪感が増したビト。
でもさ、同じような境遇でも、ビトのように腐らないで
夢を持ってまっすぐ歩くこともできるじゃない。
それじゃあ、どうすればよかったのか。
だから、一切林には関わらない方が良かった。
・・・・ってそしたらそこでドラマ終わっちゃうじゃん
先月から裁判員制度がはじまってしまったけど
怖いと思った。
私達一般人は、メディアにとても影響される。
本当に正しい判断ができるんだろうか。

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